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映画八甲田山のあらすじ!地域を扱う映画を観て次の記事ネタに繋げたい!

2018/08/24
 
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こんにちは。ブログチャレンジャー・まだやるよです!

 

お盆も終わりましたね。私にとっては繁忙期が終わって一安心といったところです。ひぃ。

 

今回は映画『八甲田山』の感想です。

 

■ 目次

 

1. 企画の趣旨

2. 忖度

3. 少数精鋭

4.     山田が悪い

5. 再会

6. まとめ

7. 最後に紹介しておきたいこと

 

1. 企画の趣旨

 

1902年(明治35年)に青森の連隊が雪中行軍の演習中に遭難し、210名中199名が死亡した事件(八甲田雪中行軍遭難事件)を題材に、一部創作を加え、極限状態での組織と人間のあり方を問いかけた作品である。配給収入は25億900万円で、1977年の日本映画第1位を記録した。高倉健、北大路欣也主演。北大路の台詞「天は我々を見放した」は当時の流行語になった。監督は森谷司郎、音楽は芥川也寸志で翌1978年3月の第1回日本アカデミー賞音楽賞を受賞している。

ウィキペディアより

 

今回は昔の映画を観ました。

まず、この作品を見ようとした理由から話さねばなりますまい。

私、まだやるよ30歳。結婚します!

自分のペースではありますが新生活に向けて準備中であります!

 

私が青森県出身で、彼女は福島県出身です。

同じ東北地方ではありますが、彼女のご両親との会話の中でやはり地域の話になりました。

会話のきっかけの一つに青森県を舞台にした映画の話題が上がったのです。

 

 

八甲田山の名前こそ身近なものでしたが、正直そこまで詳しくない…。

行ったこともあるはずなのに。

それでも、映画好きを名乗っていた時期もあっただけに作品だけは押さえておきたい!

 

ということで今回の目的はこちら。

■企画の趣旨

 

青森県出身として、他地域の人が聞きたいであろうことを調べてみる。

(…できればシリーズ化したい。)

 

これから書くのは、あくまで映画『八甲田山』のお話です。

創作が加わったものであることをご了承下さい。

 

 

一般的には怪談でおなじみだと思います。雪山の軍隊の話にはモチーフがあったんですね。

 

「エピソードとして認識したのは『学校の怪談』だった気がする。」

「子供の時には地味なお化けとしての認識だったな。」

 

2. 忖度

 

時代は日露戦争が不可避と見られていたころ。事の発端は軍の偉い人の一言から始まります。

 

「二人とも雪の八甲田を歩いてみたいとは思わないか」

 

相手は零下40度の雪原でも闘えるロシア軍であり、日本軍にはそのような経験が無いので、極寒対策や雪中行軍の注意点及び装備品の研究を行うために厳冬期の八甲田山を行軍して調査を実施する目的でした。

 

これを聞いた徳島(高倉健)と神田(北大路欣也)は、実質命令であると受け取りました。

 

昨年も流行った「忖度」ってやつですな。

 

忖度

[名](スル)他人の心をおしはかること。また、おしはかって相手に配慮すること。「作家の意図を忖度する」「得意先の意向を忖度して取り計らう」

goo辞書より

 

その会議が終わると徳島と神田のそれぞれの上司が、

「どうせなら八甲田ですれ違う行軍計画にしよう」と気軽に口約束してしまうのでした。

 

 

つまり、万が一の事態が発生した場合に責任をとるのは徳島神田でありながら、

ただでさえ過酷な計画に、気まぐれでさらに厳しい条件をつけてくる上司達。

 

 

無謀とも思える状況の中で地獄のような演習が始まるのでした。

 

「なんか似たようなケースを経験したことがあるな。」

「今も昔も変わらないことかもしれない。これを正しい組織のあり方だと思いたくない。」

 

3. 少数精鋭

 

 

徳島は連隊長同士の約束を考慮し、10泊で総距離240kmの強行日程を組み、少数精鋭の27名の隊員(その中には兵卒よりも下士官を多くした)で雪中行軍する計画を立てました。

 

八甲田山で神田とすれ違うためには、弘前からは南を迂回して十和田湖を東に進んで、東南の方向から八甲田山に入るコースしか選択肢がなかったためです。

 

兵卒を少なく下士官を多く参加させて万が一の場合でも申し訳が立つと言い、

「自分は安請け合いしたことを後悔しています。冬の八甲田は恐ろしい所です。」

と連隊長に語るのでした。

 

 

厳しい計画とはいえ、徳島の部隊は装備の面でも、心得の面でも準備を万全にして、

また、必要に応じて地元民の案内を雇って240kmの道のりに臨むのでした。

 

■徳島部隊

少数精鋭主義、装備の軽量化

 

・足先保温に藁の雪沓と靴下に唐辛子をまぶす。

・水筒の水は満水にせず七分目まで入れ、絶えず動かしていれば凍らない。

・人間の体もそれと同じで、たとえ小休止といえども足の指は靴の中で動かし、手袋をはめた指も必ず動かす。

・暴風雪の兆しをいち早く察知して、耳当て、手袋の二重着用、襟巻き(マフラー)を巻くことを隊員へ指示。

 

長い行程なので徳島部隊は先に出発しました。

 

一方の神田部隊はいきなり八甲田をめざす3日間の短期日程で、こちらも当初は小隊規模を予定していました。

ところが、徳島部隊の小隊にも満たない規模での長い行程を聞いて、神田の上司は自分たちが貧弱に思えたため、

規模も行程も特色を出すために中隊規模に拡大した上に大隊本部付きでの大行軍にすることを唱え、実施することになるのでした…。

 

 

 

お気づきかもしれませんが、この作品は上司に振り回されてしまうお話です。

徳島神田も、八甲田山ですれ違うことを楽しみにして、何とか演習を成功させようと吹雪の中足を進めていきます。

 

不幸に見舞われるのは大部隊となった神田部隊なのですが、徐々に隊員が減っていく様子は本当に恐ろしくて悲しいです!!

 

「他に雪山系の作品でどんなものがあるか知らないけど、この映画に詰まっている気がする。」

「寝たら死ぬし、汗かいても死ぬし、滑って足が折れるし。」

 

4. 山田が悪い

 

■企画の趣旨

 

青森県出身として、他地域の人が聞きたいであろうことを調べてみる。

(今日は映画を観ただけ。そのうち現地を訪れたい。)

 

 

神田が仕切るはずの部隊に、

「雪中行軍の研究をつぶさに行い、今後の寒地教育指導体制確立を目指すため」

という名目で上部組織も同行する形となりました。

 

■神田部隊

雪中行軍の本隊196名、別途随行する大隊本部は14名

 

・物資を運ぶ輜重隊(そり)で、行軍の遅れが心配される。

・雪山に慣れない人間の集団で行軍に影響がでる。

・雪中行軍調査のための随行で指揮権の無いはずの大隊長の干渉によって指揮系統が混乱。

・神田が想定していた案内人の雇用もなくなり、道案内がないまま行軍することになる。

 

 

 

 

やっちまったなぁ!!

 

 

 

 

「大人数」と「上部組織の随行」。

ここまでなら誰が悪役かわかりませんでした。

 

 

神田が仕切るはずの部隊に指揮を執り始めた山田という男。

決定的にこいつが悪者でした!約束が違うじゃないか!

 

 

下見の段階で神田が雇う予定になっていた地元の案内人を「案内料を稼ぐつもりだろう」と断ったのも山田

号令を掛けるのもいつの間にか山田

「遅れているソリを放棄して、各隊員に荷物を持たせるようにしたい」という神田の提案を却下したのも山田

本隊は自分が指揮を執るから、神田に「先に偵察に行ってこい」と言ったのも山田

日没を迎えて雪壕を掘って露営(雪に穴を掘って野宿)していた中、

「夜明け前に出発するのは危険」と具申する神田を無視して、深夜に引き返そうとしたのも山田

 

 

 

 

そしてついに死者が出てしまいます。

 

「うわあああああああああ!!」

 

と叫びながら服を脱ぎ捨てて雪の中に倒れます。

汗だくになっていたため、雪壕を出た途端に下着と軍服が凍結し、そのまま凍死してしまうのでした。

 

 

ここから一気に緊張感が増します…。

 

 

迷い込んだ峡谷から抜け出すためには急な斜面を登らなくてはならず、氷に足を滑らして多数の犠牲者がでました。

前の一人が滑ると、後ろに続く複数人にぶつかりながら転げ落ちていき、

わずかに捕まることのできる枝も体重を支え切れません。

足が折れる描写は、骨折ではなく断裂です。もう繋がっていません。

 

 

その後も極寒と猛吹雪の中、不眠不休絶食の状態で歩いたため、次々に隊員が既に落伍していきます。

おしっこをするにも手が凍傷でチャックを開けられず他の隊員に手を借りながら。

間に合わずに漏らしてしまうと、その瞬間凍って死んでしまいます。

 

また、錯乱状態で銃剣を木に突き立てる者、木にしがみつく者、雪の中を泳ぐ者…。

その中でも一番印象的なのは矛盾脱衣という行為です。

 

矛盾脱衣(むじゅんだつい、英:paradoxical undressing)または逆説的脱衣とは、凍死者が裸の状態で発見されること、または寒い環境の中で脱衣してしまう異常行動のこと。

ウィキペディアより

 

まじこわい。

この作品の演出等ではなく、雪山遭難においては稀に事例があるようです。

日本でも過去に服を身につけない状態で凍死した事例が37件発見されているようです。

 

 

 

スコップを持っていた隊員達が落伍してしまったため、次の夜には雪壕を掘ることができなくなってしまいました。

雪濠を用意できず、事態が変わったので神田は動き続けることを具申しますが、

「出発は明るくなるまで待て。昨夜は夜中に雪壕を出たのが間違いだった」として、自分の非を認めつつも意見を退けてしまうのはまたしても山田…

 

 

朝になって天候が回復さえすればと念じていた神田でしたが、3日目の1月25日朝を迎えたが天候は回復せず、ここで有名なあのセリフ。

 

「天は我々を見放した」

 

 

「組織としてはいけないことだけども。この時点で自分の勘で進路を決める者が一人。」

「ここで隊を離れた一人が、唯一当初の目的地にたどり着いたのだ。これまた生き方を考えさせられる。」

 

5. 再会

 

 

十和田湖を迂回してきた徳島部隊も過酷ながら八甲田山へ突入。そして、道中で数々の死体を見つけていくのです。

その中には神田の姿もありました。

遭難の責任を取り、神田は舌を噛み切って雪中で自決していました。

 

冷たくなった神田の顔に、生前の彼の笑顔が重なり、八甲田までの苦労をねぎらう言葉を徳島にかけてくるように見え、既に逝った男の前で徳島は幻の再会を果たしたのでした。

 

 

悲しいし感動的ではあるんだけども、さっきまでの地獄のようなシーンのインパクトが強くて。

まだザワザワしてました。

 

(余談ですが、この時の神田(北大路欣也)の顔が阿部サダヲに似ていて、ニヤけたことで集中力が切れてしまったのかもしれません←)

 

 

 

210名いた神田隊のうち、救助隊によって命を取り留めたのは12名。

救助隊のいる場所まで一人の死者を出すこともなくやってきた徳島部隊は、遺体収容所に収容された神田の遺体と対面。

しかし実は、徳島部隊が神田の息絶えた場所までに到達する以前に既に遺体を収容していたことを知り愕然とします。

神田の霊が雪中で徳島を待っていたのか、それともあの再会は過酷な寒さによる徳島の幻想であったのか。

 

 

徳島神田の妻から、八甲田での再会を楽しみにしていたと聞かされ

「会いました。間違いなく自分は賽の河原で会いました」と言って泣き崩れるのでした。

 

 

全員八甲田を無事踏破し生還を果たし、軍歌を歌いながら最後の平地を行進する徳島部隊の歌声を聞きながら、

私からの印象が最悪の山田は病院内で拳銃自殺。

 

 

…悪いことをしたと感じているならこのキャラクターも許せそうです。

 

「後日談として、徳島含む生き残った者も日露戦争で全員戦死と。」

「勘で神田部隊の列からはぐれたあの一人だけが、時の流れた平和な時代の八甲田山の景色を見つめているのだった。」

 

 

6. まとめ

 

■企画の趣旨

 

青森県出身として、他地域の人が聞きたいであろうことを調べてみる。

 

昔の映画と侮るなかれ。普通に面白いです。

これで彼女のお父さんと話すときのネタも増えました(笑

 

こういう予備知識をつけた上で、資料館とか見るとグッと面白くなるんでしょうね。

 

 

そして、もう「地味なお化け」とか弄れなくなりました。

悪条件の中でも諦めずに取り組む神田、事前にしっかり準備して本番に臨む徳島。どちらも渋くてカッコイイです!

 

 

…ところで私、昔から高倉健に似てると言われるのですがどんなもんでしょう…。

 

7. 最後に紹介しておきたいこと

 

何だかんだで動画配信サイトの登録をしていない件。

 

早いところ、そのサイトで映画観て感想書いて、お小遣いが発生する仕組みを作ろう。

 

 

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